思うこと

2月ぶりにじーさんに会ってきた。


12月から2月まで東京で一緒に暮してた。

そんなじーさんに、最初気づかなかったのも事実。




今、じーさんは入院してる。

譫妄と認知症の治療で。

2月に最後に顔見たのは空港で、自分ひとりで歩けてた。

でも、今のじーさんは寝たきり。

歩けないから筋肉も無い。口から食べれないから痩せてる。

もう反応もままならない状態だった。

大部屋に来たとき、いちばん手前にいるじーさんに、気づけなかった。

とても変わりすぎていて。びっくりして、泣いた。


こんなに進行早いものなのか。


たしかクリスマスは一緒にチキン食べたよね。

たしかお正月は一緒におせち食べたよね。

転びながらも自分で歩いてたよね。立ち上がっていたよね。

「さとみ、勉強しろー」って何回も言っていたよね。



じーさんが前にいた病院はひどいもので、その筋じゃ専門家の人にかかってたらしいけど。

譫妄と認知症の治療を同時に進めるんじゃなくて、譫妄中心の治療?だったのかな。

暴れる(らしい)から、手足は拘束。

強い薬を多量に投与して、じーさんの言うことなんて聞く耳も持たない。

たった入院3日目で歩けなくなって(歩けるようにするための薬をやめたからだったかな)、どろどろの流動食を自分で食べさせる。

手足は拘束させられてるから、寝れないしそりゃストレスたまるよね。

物扱いに近いよ。

普通は、少量の薬を短期間で投与するものなんだよ、とくに年配者には。

愛知のどっかの病院で、拘束されてた認知症のおばあさん側が病院を訴えて勝訴した事件があるけど、ほんと、そのくらいひどいと思う。

元看護師の叔母さんは毎日お見舞いに行って、そのひどさとじーさんの悪化を目の当たりにしてた。

でも、それを病院側に言うのは簡単じゃない。

だって、やっと入院できた病院だよ。他に転院できるならばすぐ言えるけど、そんなすぐ見つからなかった。

ほとんどの医者がサジを投げた病気だったから。

じーさんは人質みたいなもの。

病院に訴えれば、精神科全体を敵にまわすことになる。

でも、入院二ヶ月目で、おばさんも看護師たちに訴えたそう。

看護師たちは平謝りで、中に号泣するほどの人もいたらしい。

そのあと一ヶ月は手厚い看護を受けて、今の病院に転院した。

手厚い看護?できんなら最初からしろよ。

泣くほどそんなすごい迫力だったのかと思うけど、その怒りはあたしでも感じるほどだから。

あたしはその話を聞いてすごく腹が立って、病院に訴えたりどっかに投稿したかった。

でも、おばさんとお母さんは、

「そんなことしてももう手遅れ。これから先、改善されてもじーさん自身が治らないなら意味がない」

だって。

そりゃそうだよね。確かにそうだ。


今の医療ってこんなもんなのか。

さんざん、高齢者の医療問題が騒がれてるけど、現場はこんなもんなのか。

おばさんは「前の病院に入院させなければ今でも歩けてたかもしれない」って言ってる。

じーさんは、いろんな不幸な事が重なりすぎたって。

不憫すぎる。


病むこと。老いること。生きること。


人間らしくいること。

ちょっと考えさせられた帰省だった。


最後に、か細い声で「さとみ」って呼んでもらった声は忘れられない。